建議書から読み解く税制の仕組み①【所得税・法人税編】

日税連は毎年税制改正に関する建議書を取りまとめて関係省庁へ提出しております。その内容は主に現状の税制の改善に係る提案ですが、これを読み解くことにより、税金計算の仕組みの理解や有利判定の感覚を養うことにも役立ちます。

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建議項目と税制

今回は所得税と法人税に関する建議の内容(一部抜粋)を見てまいります。現状の税制と照らし合わせて問題点や税務対応へのヒントを述べたいと思います。

|所得税編

項目 建議の内容 現状の取扱い
雑損控除 災害損失控除の創設 災害・盗難・横領による資産の損害は雑損控除として所得控除されます
給与所得控除等 人的控除へのシフト 給与所得控除の最低額65万円、公的年金等控除の最低額70万円又は120万円
業務用不動産の譲渡損失 損益通算及び繰越控除の容認 土地建物の譲渡所得からの控除のみで、他の所得とは通算できません
専従者給与 給与以外の必要経費範囲の拡大 青色事業専従者給与のみが対象で退職金や家賃などは認められません

①について

災害による損失は、時には多額で回復するまでかなりの時間が必要となることがあります。しかし、現状は雑損失控除として他の所得控除よりも先んじて各課税所得金額から差し引き、引ききれなかった金額は翌年以降に繰り越すことができますが、繰越期間は3年間となっております。

これに対し建議書では、災害損失は雑損控除から独立した所得控除とし、控除の順序も最後にし、繰越期間を10年以上、更に繰戻還付を認めるよう述べております。

仮に総所得金額が4百万円で、災害による雑損控除が3百万円、その他の所得控除が2百万円であったとしますと、課税所得金額の計算は、

4百万円-3百万円-2百万円=▲1百万円(マイナスは打ち切りでゼロ円)

となります。一方要望による計算では、

4百万円-2百万円-3百万円=▲1百万円(課税所得金額はゼロ円、▲1百万円は翌年繰越)

となり、納税者は翌年の税金計算において有利となります。

所得控除や税額控除の控除の順序は法令で定められており、変えることはできません。但し、申告の仕方により負担税額が変わることはあります。

例えば会社員で住宅ローン控除があり、年末調整の結果課税所得金額がゼロとなる場合において、確定申告をして医療費控除などで所得控除額を増やし、課税所得金額を減らすことで、住宅ローン控除額を温存し、それを住民税から控除して節税することは可能です。

 


②について

すでに税制改正により、2020年からは給与所得控除額及び公的年金等控除額は10万円ずつ減少し、基礎控除は10万円増加(所得制限有り)することとなっております。また上限が変更され高所得者には厳しくなります。

建議書では最低限度の生活の維持の為、基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除といった人的控除の額の増額と、控除水準の高い給与所得控除額及び公的年金等控除額の減額を述べております。

収入金額が同じであっても、それが事業収入なのか、給与収入なのか、年金収入なのかで課税所得金額は変わります。個人事業主の場合、電子申告を行えば2020年からも65万円控除が受けられるため、会社員や年金受給者と比べて有利となります。

例えば全収入金額が1千万円であったとしても、それが全て給与の場合と、事業収入、給与収入、年金収入さらに車の売却収入、満期保険金の解約による収入の合計額の場合では、課税所得計算は大きく異なるでしょう。

極端なケースではありますが、事業収入からは必要経費青色申告特別控除を、給与収入からは給与所得控除を、年金収入からは公的年金控除を、車の売却収入からは取得費・譲渡費用・特別控除50万円を、満期保険金の解約による収入からは支払保険料・特別控除50万円をそれぞれ差し引くことができます。

※さらに総合長期譲渡所得と一時所得は課税標準が半分になります。

 


③について

個人事業主が業務に使用している土地や建物を売却し、損失が生じた場合は分離課税となり、事業所得などから差し引くことはできません。また損失を翌年に繰り越すこともできません。

これに対し建議書では、当該損失を法人における不動産の譲渡損失の場合と同様に利益と通算できるようにすることや、差し引ききれなかった金額を翌年以降に繰り越せるようにすることを述べております。

もしも業務用不動産の譲渡損失が4百万円生じた場合、法人の場合は4百万円×30.62%(2019年3月期の東京における法定実効税率)≒122.5万円の税金の減額が見込まれますが、個人の場合は、他の不動産譲渡所得がない限り税金の減額はありません。

一方で譲渡利益が生じた場合には、個人の場合は長期譲渡所得であれば住民税も含めて税率は20.315%で済むため有利となります。


④について

青色事業専従者に対して支払った給与のうち、届出に記載された金額のうち適正額は必要経費に算入されます。退職金は対象外です。また、同一生計親族から不動産を賃借している場合に支払う賃借料なども個人事業主の必要経費とはなりません。

建議書では、法人の場合と同様に親族に支払う地代家賃などは適正額で有る限り必要経費と認めるよう求めております。

現状は、退職金や地代家賃については、支払の相手先が同一生計親族の場合は、個人事業主か法人かにより全く取り扱いが異なります。法人であれば支払った金額×法定実行税率の金額の税金が減少し、さらに代表取締役の配偶者が従業員で、所得要件を満たしているときは配偶者控除の適用を受けることも可能です。

 

|法人税編

項目 要望の内容 現状の取扱い
繰越欠損金 中小法人の100%控除を維持 中小法人であれば100%、大法人であれば50%の控除が可能
役員給与 損金算入規定の見直し 定期同額給与や事前届出確定給与等のみが損金算入されます
交際費 慶弔費等の除外 接待、供応等の支出は交際費等となります
受取配当金 受取配当金の全額を益金不算入 区分に応じ益金不算入額が定められています

⑤について

前10年以内に生じた繰越欠損金は法人の損金の額に算入されますが、限度額が定められております。中小法人等は適用前所得金額が限度額で、中小法人等以外の法人は適用前所得金額の50%の金額が限度額となります。

建議書では、財政基盤の弱い中小法人については現状通り100%控除を継続することを述べております。

例としまして、毎年30の利益を生む会社が▲100の損失が生じた場合、中小法人ですと足掛け4年(30+30+30+10)で欠損金は解消されますが、大法人では解消するのに足掛け7年(15+15+15+15+15+15+10)もかかり、単年度における効果は薄くなります。

また個人事業の場合、青色欠損金の繰越期間はわずか3年間ですので、解消されずに消滅してしまう可能性があります。


⑥について

損金に算入される役員給与は限定されており、次に掲げるもの以外の支給は損金不算入となります。

      • 定期同額給与
      • 事前確定届出給与
      • 利益連動給与

これに対し建議書では、確定決算主義を尊重し、株主総会決議によって確定した金額の範囲内の給与及び賞与は、損金に算入されるべきとしております。

役員報酬の改定で事業年度開始の日から3ヶ月を超えたときや、届出と異なる時期又は金額の役員報酬を支給したときは、現状では損金算入が認められません。

役員の方などが、会社から低い家賃で社宅に住む場合の経済的利益は、毎月一定額であれば定期同額給与の範囲として損金に算入されます。一方個人事業の場合は、自身の事業から給与を支払うことも経済的利益を受けることもできません。


⑦について

得意先等、事業関係者に対して行う接待、供応、慰安、贈答などに係る支出は交際費等となります。大法人の場合、交際費等につきましては、飲食費の50%相当額や少額飲食費等に限り損金に算入されます。

建議書では、交際費等の対象から慶弔・禍福に際し支出する費用については社会通念上当然支払うものとして除外すべきであることを述べております。

個人事業ですと、業務に関連する費用につきましては、交際費等であっても必要経費に算入され、金額の制限はありません。中小法人の場合、年800万円までの金額が損金算入されますが、比較しますと法人よりも個人の方が有利な取扱いとなっております。


⑧について

法人が保有する株式の配当金を受け取った場合は、株式の保有割合に応じ配当金の20%から100%の金額が益金不算入となります。

建議書は、配当金は支払った側は損金算入されず、受け取った側は益金に算入される為、二重課税を排除する趣旨から、受取配当金の全額を益金不算入とすべきことを述べております。

法人の場合、個人とは異なり配当金の受取の際に5%の住民税が差し引かれません。また個人には益金不算入の規定はありませんので、一見法人の方が有利に見えます。しかし、個人の場合であっても課税所得が少ないときは適用税率が低くなり、かつ配当控除10%があるため、実際の税負担は法人より軽くなる場合もあります。

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税制改正の基本的な考え方

建議項目ではありませんが、税制改正についての基本的な考え方として、問題点をピックアップし今後の税制の方向性についても建議書の中で触れております。その内の一部を取り上げてまいります。

|所得税について

所得税については主に次のような項目について触れております。

      1. 多額な有価証券譲渡益への税率引き上げ
      2. 公的年金等所得の雑所得からの独立
      3. 基礎的な人的控除の税額控除化

 

a. について

現状では、上場株式の譲渡益に対する税率は、金額の多寡に関わらず住民税込みで20.315%となっております。

株式の譲渡益が1億円生じたとして税金(復興税及び住民税を含む)を計算してみますと、現行の比例税率では2,031.5万円ですが、仮に超過累進税率が適用されるとしますと、約5,104.8万円となり大きな開きがあります。

b. について

現状では公的年金に係る所得は、雑所得に区分されます。もし年金受給者が事業に至らない業務を行っており、当該業務において損失が生じた場合には公的年金等に係る所得と内部通算されます。

雑所得から生じた損失は、損益通算の対象外であるため事業所得や給与所得などと相殺することができません。

仮に不動産所得が50、公的年金等に係る雑所得が100、雑所得区分の業務に係る損失が▲150あった場合、雑所得の計算において100は相殺されますが、引ききれなかった▲50を不動産所得50と相殺することはできません。

c. について

人的控除に限らず所得控除は課税所得金額から控除する為、適用税率が高ければ高いほど、その効果は大きくなります。すなわち所得の高い方ほど恩恵を受けます。

一方で税額控除は、直接税額から差し引きますので課税所得の多寡に関わらず公平に税負担が引き下げられます。

寄附金のうち、政党等、認定NPO法人等、公益社団法人等に対するものは、所得控除と税額控除を選択することができます。但し税額控除の計算は、寄附金から2千円を差し引いた金額に30%又は40%を乗じた金額が控除額となり、全額が控除される訳ではない為、選択には判断が必要となります。

|法人税について

法人税については主に次のような項目について触れております。

      1. 企業規模による中小法人の判定基準
      2. 設備投資・賃上げ・配当等の促進
      3. 租税特別措置法の整理

 

ⅰ. について

2019年4月1日以後開始事業年度より、期末資本金等の額が1億円以下であっても、前3事業年度の平均課税所得が15億円を超えるときは、少額減価償却資産の損金算入などの規定が使えなくなっております。

この判定基準につきまして、資本金や平均所得だけでなく従業員数などの他の指標も組み合わせることを述べております。現状では数千人の従業員を抱える企業であっても、資本金や平均所得の基準をクリアすれば中小法人の特例を使用することができます。

ⅱ. について

企業の内部留保が増加していることについて、留保金に課税するよりも設備投資等に関する政策税制を進めることが効果的であるとしております。

近年、賃上げについては所得拡大促進税制(改正含む)が、設備投資については生産性向上設備投資促進税制、中小企業投資促進税制、中小企業経営強化税制など様々な政策が打ち出されております。

留保金課税ですが、資本金1億円超※の被支配会社(発行済株式のうち過半数を1名又はそのグループにより保有されている法人)のみが適用されます。その場合留保金額が留保控除額を超えるときは、通常の法人税の他に最大20%の特別税率が付加されます。

※資本金が1億円以下であっても資本金5億円以上の法人に完全支配されている法人も対象

なお、50%超を保有している株主(親法人)がいる場合であっても、その親法人の株式の50%超を有している株主がいないときは、被支配会社とはなりません。

 

ⅲ. について

租税特別措置については、その効果や妥当性を検証し、必要なものに限定するよう述べております。

2018年4月1日以後開始事業年度より、下記のいずれかの要件を満たさない法人は研究開発税制などの適用が受けられなくなっております。但し、中小企業者等は対象から除かれます。

    • 当期の所得が前期の所得より増えていること
    • 継続雇用者給与総額が前事業年度を同金額を超えている又は国内設備投資額が減価償却費の10%を超えていること

 

最後に、日税連の建議書の原文を読んでみたい方はこちらから読むことができます。

 

まとめ(Conclusion)

所得税と法人税の比較をしながら建議書の内容の解説を致しました。項目により個人と法人のいずれが有利であるのか異なることが理解できるかと思います。また目まぐるしく毎年改正が行われておりますので、常にアップデートをしないと正しい判断ができない恐れがあります。

We have introduced the proposal for tax reform from Japan Federation of Certified Public Accountants’ Associations while comparing the rules between individual income tax and corporation tax. People who read this article would understand that whether small business owner or corporation is advantageous depends on items. We might probably mistake the judgement regarding tax matters unless we constantly update information of tax rules, because tax reform has being made every year.

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